14歳になった君を見て思ふこと

先日、長男が14歳の誕生日を迎えました。

14歳といったら、思春期、反抗期、中2病などなどドンピシャな年齢で、自分も若かりし頃通ってきた道なので我が子といえど偉そうなことは言えないのですが、客観的に観察していると、14歳の頃の私よりは、まー伸び伸びと楽しそうにしているなと思います。まぁ、ある程度自由にさせているのは私(親)ですが。

親は自分が歩んできた道しか知らないので、勉強方法や将来の進路については過去の自分に当てはめて考えがちですが、最近思うのは、自分の経験、視点、価値観を持ち出す時点で毒親、老害でしかないのではないかということ。自分たちが過ごした学生時代は、もはや歴史教科書掲載レベルだということを自覚しないと、たとえ反省や失敗を踏まえて諭していたとしても、子どもにとっては相当イタイ存在なんじゃないかと。長男と何度かやり合ううちに気付きました。はい、ド反省です。

それに加えて、平成も最後の年だというのに、学校教育や生活指導がいまだに昭和ですね。親たちが自分達の時代と変わらないと錯覚、安心してしまうほど時代錯誤だと感じます。OHPをパソコンやタブレットに切り替えたくらいでは変わったとはいえない。若い先生もいるはずなのにどれだけ教育方法を伝統芸能として継承しちゃってるんでしょうね。これでは子供たちは息苦しいだろうなと不憫に思います。

そして話を聞いていると、ぶっちゃけ中学生の方が大人ですよね。理不尽な指導に対する意見が真っ当すぎて親としても共感しかない。私はうちに遊びに来る長男の友達とも話をすることがありますが、みんなとても素直だし、冷静で分別があって、考え方も理路整然としているなと感じます。そんな彼らがいつも何かに怒っている。「え、あえて反抗心を煽る教育?」と思うほどで、老婆心ながら子どもたちには尾崎豊の『卒業』を贈ってあげたくなります。というか、あげたくなって長男に歌詞を見せたら、「夜の校舎窓ガラス壊しまわった、とかwww」という反応で、伝えたかった歌詞はそこじゃない!と届かない親心が切なくなりました。まぁよく考えれば私も尾崎豊世代じゃなかったんだけど!(笑)

もちろん、良い大人、良い教師もいるし、我が息子にしたってまだまだ躾が足りないと思うところも多々あるんですが、まぁ身体も心も夢もサイズが大きくなってきて親が追う立場になってきたので、家でも学校でも「勉強」しか言われないのは苦しかろうということで、最近は極力見守る姿勢をとるようになりました(長男には、まだまだ口うるさいと言われるかもしれませんが)。

一人の人間として敬意を払いつつ、提案したり、相談したり。基本聞き役に徹しているつもりです。なので14歳になった長男とは、私が想像していたいわゆる「親vs.14歳」の構図よりは良好な関係かな、今のところ。

彼らが今見ている世界はとても面白い。今若者といわれている20代の人たちよりもさらに若いんですからね、こちらがいろいろ教えてもらうことも増えてきて、話を聞くのが楽しいです。生まれたときからネットがあるのが当たり前で、田舎だからとか関係なく情報が手に入る世代。誰にでもチャンスがあって、あとはやるか、やらないかだけ。

紆余曲折、七転び八起きは人生を豊かにするし、魅力的な人間になれると思うので、好きなことは気が済むまで突き詰めて、楽しく生きて欲しいと思っています。

おめでとう、14歳。


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