オンラインで大学時代の友人たちと再会

少し前の話ですが、ひょんなことから大学時代の友人と連絡を取りまして。久しぶりのチャットで近況報告をし、話の流れから「顔を見て話せたらいいね」「グループで仲良くしていた他の友達ともまた会いたいね」となったので、私が繋がっている別の友人にメッセージを送ったところ、とんとん拍子で6人が芋づる式に繋がり、オンラインで集合することに!

今までそれぞれ家族の転勤で海外や地方暮らしのときがあったり、帰国しても生活が忙しくてそれどころではなかったり。今も私のような地方在住者がいるので、疎遠になりかけていた仲間とまとまって会える機会なんてもうないのかもと諦めかけていたのに、なんという巡り合わせでしょう。

しかも再会に利用したアプリ「zoom」は無料ユーザーだと通常40分までですが、セッティングした日は偶然にも “母の日に合わせて時間無制限” というギフトが用意されている奇跡。なんかもう、私にとっての「ひょんなこと」は、この日のためにどこからか促されたものだったのかもしれないと、震えました。シックスセンスがあるとは思わないのですが、こういう説明しがたい “天の計らい” みたいなものは信じたいタイプです。

友人たちとは、久しぶりに画面上で再会する前にSNSのグループで繋がって、もうそれだけで涙出そうなほど懐かしかったのに、実際画面上で会ったら、みんな変わらな過ぎて感無量。友人の一人が「大学の学食にいる気分」と言っていましたが、まさにそうで。一瞬で時計の針が戻りました。

大学時代は、私の人生において本当に濃く、愛おしい4年間だったのですが、卒業後は多分みんなそれぞれに激動で、私自身ちゃんと振り返ることもできないままにご縁が途絶えてしまう人も多かったし、あえて後ろを向くまいと強がっていた自分もいたしで、ロックしたまま鍵を失くした宝箱みたいに「大事だから捨てられないけど開けられもしない」状態になっていた気がします。

で、20年以上ぶりに引き出しの1つの鍵が開いたら、昔と変わらぬ笑顔の友人たちがそこにいて。「あぁ、あの頃の私はこんな素敵な仲間に囲まれて、幸せな学生生活を過ごしていたんだな」と再認識でき、心がジーンとなりました。変わらず友達でいてくれる仲間の存在が、こんなに嬉しいとは。マメに連絡を取り続けていたわけではなかったからこそ感じる、ありがたさかもしれません。

22時から始めたオンライン飲み会も、気付けば深夜0時30分に!最後のほうは、もう涙を流して大笑いするような、楽しすぎる女子トークであっという間でした。まだ繋がり直せていない友人もいるので、全員での再集合はまた改めて。

それにしても時代ですよね、オンラインで再会なんて。私は仕事でもプライベートでもたまにzoomは使っていましたが、やりとりする相手は割と固定化していたので、今回の利用を通じて、ボーダーレスをさらに実感しました。今後はもっといろんなシチュエーションで活用していけたらいいなぁ。

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ところで最近、よく考えていたんです。SNSとかブログをやる意味って何だろうと。人によって分かれますよね、やるか、やらないかは。本当のリア充はやらない、やっている人は承認欲求が強い云々など書かれているのを目にすると、余計に自分は何故やってるんだろうなと(仕事で使っているのもありますが)。

でも、今回再会した友人数名が「(自分は投稿していないけど)SNSを更新してくれているから、近況も知っていたし、よく会っている気になっていた」と言ってくれて。こんな言葉をもらえるなんて、胸熱です。誇れるような日常ではないけれど今日も生きてるよ、と誰宛てでもなく発しているものを、ちゃんと受け取ってくれていたなんて。

私はなぜか昔から「遠くに想いを届けたい」みたいな漠然とした気持ちが強いと感じているのですが、漠然としながらも、何か言葉を発しないと自分じゃないような、ある種の使命のような不思議な感覚で発信しています。何でしょうね、これって。でもひょっとすると、今回のようにごくたまにある「また繋がれた」というご縁のため、なのかも。ご縁ってよく「糸」にたとえられますが、私の感覚では「光」かなと思っていて。決して切れたりするものではなく、昼間の月に気付きにくいように、本人の状況や意識によって見えたり見えなかったりするだけのもの。

なので受け止めてくれる人が少しでもいる限り、ぬくもりのある光を私なりに発し続けられたらいいなと思っています。

ではまた。


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